2009.10.13

本の現場-本はどう生まれ、だれに読まれているか

本の現場―本はどう生まれ、だれに読まれているか
永江 朗
ポット出版
売り上げランキング: 24320

まずは槐より始めよ、ということで、
この本には希望小売価格がある。
つまり再販制度外なのである。

以下目次(アマゾンから)

◎本はどう生まれているか
01●新刊洪水
02●本を出したい
03●ネット発の本
04●ライターの事情
05●編プロのいま
06●情報の無料化
◎本はどう読まれているか
07●アサドクとドクソン
08●「読書ばなれ」の根拠
09●新書ブーム
10●書店をディレクションする
11●本屋大賞と読ませ大賞
12●ベストセラーは誰が読んでいるのか?
◎付録・インタビュー
本棚が町へ出て行く─幅允孝(聞き手●永江朗)
再販制度はもういらない─永江朗(聞き手●沢辺均)
あとがき
プロフィール

以下読書メモ。
●委託・再販制度の下、本は貨幣として流通している

●出版の形態 1.企画出版 2.共同(協力)出版 3.自費出版

●文学のカラオケ化(斎藤美奈子『読者は踊る』)。小説を読まずに小説を書きたがる、あるいは小説を読んだからこそ「こんなものでいいんだ」と思って書きたがる、そういう風潮をからかった言葉。

●自費出版とブックオフは再販制度・委託制が生んだ徒花である。

●出版社は読書離れを前提にして、「売れないからたくさん作る」という行為を繰り返してきた。(略)「売れないからたくさん作る」が出版点数の増大と書籍の短命化と書籍の偏在を招き、ミクロでの「本が売れない」状況=書籍1点あたりの販売部数減少を招いたのではないか。だとすると処方箋は「売れないからたくさん作る」という状態をやめるしかない。

●知識のトッピング感覚。新書は知識産業のファストフードか。

●「知的好奇心のタコツボ化」。特定のものだけに関心を向け、他には無関心になる。しかもそれは無気力的な無関心というよりも、関心を向けたりそこに時間やお金を費やすことを「損」と捉える感情である。目の前の利益に直結しないことをすべてリスクと捉える時代の気分を反映している。

出版業界は、本質的にはコンテンツ産業であるにもかかわらず、
ある意味インフラ、装置産業的な要素を重視し、
それに寄りかかってきた部分が多い。

しかし、もうそれは寄りかかるには、
あまりに古く硬直したものになってきた。

もう遅いかもしれない、
でもまだ間に合うかもしれない。

救いは、本を読む人は、
決して減ってはいないということ。
ただ従来のインフラでは売れていないだけ。

さぁ、現場に出でよ!
さらば救われん(笑)。

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2009.10.10

死ぬ時に後悔すること25

著者の若さに驚き!
だって、なんか、
日野原先生あたりが書きそうな本なもんでね(^^;。

以下目次(アマゾンより)

第1章 健康・医療編―死ぬときに後悔すること1
第2章 心理編―死ぬときに後悔すること2
第3章 社会・生活編―死ぬときに後悔すること3
第4章 人間編―死ぬときに後悔すること4
第5章 宗教・哲学編―死ぬときに後悔すること5
第6章 最終編―死ぬときに後悔すること6

まずは、人は死を目前にして、
どんなことを思うのかというのを、
いくつかに分類して、
そのカテゴリーごとに、いろんなエピソードを、
書き連ねていく、そんなスタイル。

以下読書メモ。

●健康の格差社会

●健康なうちから健康を大切にする。きちんとした人間ドックを毎年一回受けること。

●星野富弘氏『鈴の鳴る道』に、車椅子に乗って生活をすると、道がでこぼこだらけなことに気づくという話がある。段差に滅入ってしまうのが、車椅子に鈴を付けてでこぼこを通るたびに「チリーン」と鳴るようにしたところ、心持が変わった、そういう話。”心にしみるような澄んだ音色だった。(略)その日から、道のでこぼこを通るのが楽しみになったのである。(略)人もみな、この鈴のようなものを、心の中に授かっているのではないだろうか”

●死期が迫ると人は過去を振り返る傾向がある。これはライフレビューという、過去を他者に語るという行為となって現れることがあり、精神的苦痛を緩和するのにも役立つので、よい働きといえる。

●死は人が思うより近くにある。会いたいと思うときに会いたいと思う人に会っておくことだ。

●読んでると著者の年齢(34歳)がちょっと信じられない気がしてくる。特に若者に物言う部分。あんたも十分若者だぜ?とおっちゃんは思うのだ。恋愛の件なんか特にそう。本当に記憶に残る恋愛をしてください、なんて若者にいいたいとか言ってるし(^^ゞ。そう、達観してるというか何というか悟ってる気がする。おい、その年でと。終末期医療に携わるお医者さんという立場ゆえもあるんだろう。ただそれにしてもだ。多分著者の性格的なことも多分にある気がするなぁ。内省的というか、まぁ、言えば真面目で根暗。でもまぁそれぐらいの人のほうが、なんだか最後は安心して任せられるというか。寄り添ってくれそうな気がする。

●スピリチュアルペイン、すなわち生きている意味を見出しえず、魂の痛みを感じる状態に陥るのは、死を越えた将来の確信(時間存在)と信頼できる家族・友・医療者等の存在(関係存在)、および自己決定できる自由(自律存在)の三つのうち、一つ以上の要素が揺らぐためであるという理論である。そしてまた、このうちの一つの要素が失われてしまっても、他の要素でそれを補うことで、スピリチュアルペインを和らげることが出来るといわれている。

死ぬまで人は生きてるんだなぁ、
と改めて当たり前のことをおもった。

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2009.10.06

命の値段が高すぎる!-医療の貧困

命の値段が高すぎる!―医療の貧困 (ちくま新書)
永田 宏
筑摩書房
売り上げランキング: 9314

まずタイトルにビックリ。
普通、今の世の中、
命の値段が安すぎるって感覚だよね。
それが、真逆。
でもその逆説こそが、
今の日本の年金医療問題を表している。

まずは目次(手入力)から。

第1章 「医療の終わり」の始まり―二〇〇八年四月一日
第2章 小泉医療改革が目指したもの
第3章 医療費負担の世代間対立―後期高齢者医療制度
第4章 メタボリック狂想曲
第5章 「善意の医療」が消える!?―レセプト並み領収書がもたらすもの
第6章 健康監視社会の到来―レセプトのオンライン化の意味
第7章 保険は国や会社に頼るな!―社会保障カードと個人勘定
第8章 日本の医療に「希望」はあるのか―国民の選択

以下読書メモ。

●小泉医療改革とは何なのか?
 この本のテーマ。
 で、作者はいう。
 「高齢者医療の財源問題の解決」こそがその中身だと。

●後期高齢者医療制度、メタボ健診、レセプト並み領収書
 この3つが柱。

●2008年が日本の医療制度のターニングポイント

●後期がありゃ、前期もあるわなぁ、と。
 ほとんど知らんかった。。。

●後期は利権、焼け太り

●健保の前期負担は、保険料の世代間格差の解消狙い

●派遣切りの次は保険切りか?

●後期、そのお粗末な制度設計

●「特定」に意味なし。
 厚生労働省は伝統的に特定が好きで、何にでも付けたがる。

●メタボ健診
 現役世代のメタボが増えれば増えるほど、
 後期への支援金が増える仕組み。
 だから厳しすぎる基準値。
 ペナルティ→後期という構図。
 いうなれば連帯責任。

●医療情報は、データの鮮度が悪すぎ。
 レセプトオンライン化で激変するやろな。

●高齢者医療費を誰がどう負担するのか?
 1.公費中心
 2.公的医療保険の形態維持
 3.自由診療・混合診療の拡大

●社会保障の個人勘定
 まるで、蟻とキリギリスの話。

●大事なのは、高齢者医療制度ではなく、高齢者就業制度である。
 それを現実化するための技術革新と、社会制度の整備である。

そして民主党政権下で、後期高齢者医療制度は、
廃止するとマニフェストに書いてあるが、
昨今それもどうやら怪しそうな雲行き。。。
とりあえずは延命が図られそうな雰囲気。
その意味するところは、ここに書いてある通り。
高齢者医療費をどこから捻出するかの
絵図がないからだ。

年寄りを取るか若者を取るか、
どちらにもいい顔は出来ないよね。

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2009.10.02

弩
posted with amazlet at 09.10.02
下川 博
小学館
売り上げランキング: 28096

黒沢監督の「七人の侍」を思い出す。
なんとなく、雰囲気ね。

話は、二部構成。
一部は、貧しい山村が発展していくまでの
主人公吾輔たちの様子が描かれる。

で、この小説の肝は二部。
発展ゆえに無法な支配階級に狙われる。
そこへ現れる軍師。そう、乗り的には七人の侍。

敵はプロの殺戮集団。
まともにやりあっては勝ち目はない。
様々な仕掛けや罠、戦略、戦術の限りが練られる。
そして、ただ一度だけの戦いが始まる。
その象徴として使われるのが「弩」。
つまりはボーガンだ。
いわば弱者の武器か。

吾輔の女房小萩がいい。
紅顔碧眼の大女、
ハーフでバタ臭い感じの肉感的な好い女である。
その性格も開放的で、そして賢い。

間違いなく今年読んだ小説の中では、
3本に入る。おすすめ。

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2009.09.28

君と一緒に生きよう

君と一緒に生きよう
君と一緒に生きよう
posted with amazlet at 09.09.28
森 絵都
毎日新聞社
売り上げランキング: 14543

犬好きの人はもちろんん、
これから犬を飼おうと思っている人も、
読むといいよ。

以下目次(アマゾンから)

スウ
梅花姉妹
女王くるみ
北アルプスの麓で
犬猫里親会
ミスティとモモ
マレアと七頭の子犬たち
猟犬ひめ
オレオ
ブリーダー崩壊
二頭目のハク
土手に生きる犬たち
シェルターリポート
救われない命たち

どの章も涙なくして読めない。
特にマレナとマナの親娘犬の話は、
ツレの犬たちとダブって特に。
親犬が時に子犬より無邪気で幼く見えるところなんてまさにね。

ほんと犬って、
人生変えるぐらいの存在だと、
つくづく思った。

言い古された言葉だけど、
飼うなら捨てるな
捨てるなら飼うな
と。

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2009.09.23

トルコのもう一つの顔

トルコのもう一つの顔 (中公新書)
小島 剛一
中央公論社
売り上げランキング: 9298

昔大学生だった頃、
トルコ語の授業をとったことがある。
うちの大学は、文学部だからなのかどうかわからんけど、
英語を除いて第3外国語まで取らないとダメだった。
わたしの場合、第1は中国語、
第2がロシア語で、第3がトルコ語だったというわけ。

で、全く覚えてないんだな、これが(^^;
どんな授業をしたのかも、
どんな教科書を使ったのかも、
テストがあったことすら覚えてない(^^;
でも単位は取れたんだろうなぁ、
一応卒業できたから。

とまぁ、そんな話はおいといて。
この著者、まさに言語の天才といっていいかも。
トルコをくまなく旅行しているうちに、
そこの土地の人々の話す、
方言というか言語(著者に言わせると
トルコの地方の言葉はトルコ語の方言というより
独立した言語らしい)を、
瞬く間に修得し(一冊の本の中ではそう思える)、
そこの人たちと熱く交流するのだ。

以下目次(アマゾンから引用)

1 トルコ人ほど親切な人たちも珍しい
2 トルコのもう一つの顔
3 言語と民族の「るつぼ」
5 デルスィム地方
5 Y氏との旅
6 「トルコに移住しませんか」
7 トルコ政府の「許可」を得て

トルコが、こんなにモザイクのように少数民族(無論政府は認めていない)が
重なり合っている国とは知らなかった。
ま、地政学的にいえば、アジアとヨーロッパを結ぶ
文明の交差点のような位置づけなんだから、
ある意味、当たりまえっちゃ当たり前かな。

著者の研究や行動そのものが、
トルコ政府にとっては、暴かれたくない過去というか、
触れられたくないことばかりなもんで、
当然トルコ国内を旅して回る著者には、
いろんな邪魔や妨害がある。
中でも、デルスィム地方を訪れた時の
ことは最も心に残る。

官憲に拉致監禁(といってもいいと)されたのだ。
食事も与えられず空腹の中、
聞こえてきたのは、その土地の古くからの歌。
たまたま知っていた著者は、
一緒に歌う。するとその歌が終わった後、
饅頭が空から降ってくる。
自分たちの言葉を話す外国人の
ピンチを助けてくれたのだ。

その歌に触れたときの著者の想いが美しい。

 ”だが美声の持ち主はデルスィム語で歌い続ける。
 その声は決して涙声ではないのだが、
 心の中の涙が透けて見えるような悲痛な歌い方だった。
 (略)見てはならぬものを見てしまったような居心地の悪さと、
 かけがえのないものに触れ得た歓びを同時に感ずる”

読み終わると、トルコに行きたくなる、
そんな思いを抱かせる素晴らしい紀行文だった。

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2009.09.16

きりこについて

きりこについて
きりこについて
posted with amazlet at 09.09.16
西 加奈子
角川グループパブリッシング
売り上げランキング: 11553

猫が書いた話という設定。
猫好きは読むといいよ。

で、猫について印象に残った箇所ね。

●猫にもIQがある。
 (中略)一番下の猫は、IQがない。
 (中略)IQの上限は、今わかってるだけでも、800ほどになる。
 人間に比べたら、天文学的な聡明さなのである”

●猫は高潔な肉食獣である

●猫は嫉妬されるのが好きなのである

●猫は生まれ変わる。それも必ず、また猫として生まれてくる。

●自分は死ぬまで生きるだけの存在である、ということ。

●猫は、人間にとっていつまでも、神秘の動物であらねばならない。

そして、最後に。

「世界は、肉球よりも、まるい」

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2009.09.02

裁判長!おもいっきり悩んでもいいすか―裁判員制度想定問題集

裁判長!おもいっきり悩んでもいいすか―裁判員制度想定問題集
北尾 トロ 村木 一郎
文藝春秋
売り上げランキング: 180540

まさに裁判員制度を、体験せずに語らせるなら、
この人しかいませんよね!

まずは目次(アマゾンから引用)

  こんな事件でも裁判員制度の対象に?―事後強盗
  危険すぎる性癖―連続強姦致傷
  そして彼らは、火をつけた!―放火
  殺しの代償―殺人
  悩ましき懲役1年半~20年の幅―傷害致死
  悲惨な交通事故をクールに裁けるか―危険運転致死傷
  腐った愛―虐待
  「死刑」と「無期懲役」の間で―死刑求刑事件
  そのとき「無罪」と言えるのか―否認事件

いろんな種類の犯罪のケースについて、
クイズ形式で、いろいろと考えるというスタイルです。
あなたがもし裁判員だったらどうしますか?
見たいな問いかけも随所にあります。

最初は「面白いなぁ」と、少々お気楽に、
読みすすめますが、
そのうち、だんだんと重くなってきます。
そして最後は疲れ果てます。

以下メモ。

●男の同性愛者に男が犯されたときは、強制わいせつ罪。

●被害者が女性でもアナルセックスで犯されたら、強姦罪が成立しない!
 //う~ん。

●”「殺意」、この問題を突き詰めてゆきますと、
 人の心の内側がどうなっていたのかを
 外部から判断できるのかという
 根本的な問題に行き着いてしまいます。”
 //人の心のうちは基本わかりません。

●傷害とは?学説は2つに分かれる。
 1.生理機能障害説
 2.完全性棄損説
  「傷害」は何も暴力によって生じる必要はない。
 「騒音オバサン」は傷害罪。

●少年事件。
 ”根本的には、未成熟な状態にある人間が
 ルールを逸脱した場合に、
 教育という方向に行くのか、
 制裁という方向に行くのかという問題のような気がします。”
  //やっぱり難しい問題です。。。

●道徳と法は別。
 //社会的制裁をどう見るかってのも難問ですね。

●”殺人罪が「殺意の有無」を問われるのに対し、
 傷害罪で裁判員にとって決め手になるのは
 「悪意の有無」ではないか”
 //いわゆる「悪気はなかった」を
  どう見るかということですかね。

●最上限の量刑判断は、
 将来のことも見越しておかないといけない。
 //これはその場限りの裁判員には難しそうですねぇ。

●”ぼくがもっとも恐れるのは、
 死刑について何の考察も意見もないまま裁判員になって、
 評議の場で頭が真っ白になり、
 雰囲気に流されて量刑を決めてしまうことだ”
 //そうなりそうです、自分がもしなると。

●”裁判員制度は、日本という国の行く末とか
 司法改革にも関わることなのだろうけれど、
 ぼくはそれ以上に個人的なものとしてとらえてしまう”
 //同感。

●現在、法律上あるいは事実上の死刑廃止国は135.
 国連加盟国192からすると、多数派。
 世界の流れは死刑廃止に向かっている。

●日本の死刑執行方法は「地下絞下式」。
 首に輪になった縄を掛け(もう一端は天井に固定)、
 本人が立っている床板をいきなり開放して落下させる方式。

●死刑選択の基準(永山基準)。
 ・犯行の罪質
 ・犯行の動機
 ・犯行の態様、ことに殺害方法の執拗性、残虐性
 ・結果の重大性、ことに被害者の数
 ・遺族の被害感情
 ・社会的影響
 ・犯人の年齢、前科
 ・犯行後の情状

●”たぶん、裁判員が期待されているのは、
 わからないものはわからないと言うことなのではないだろうか。
 (中略)「わからない→有罪の十分な証拠がない→だから無罪」。
 いわゆる「推定無罪」”
 //裁判員制度のメインの目的は冤罪を防ぐ事かも。

●”無罪に自信を持つ必要はありません。
 有罪に自信が持てるのかだけを考える必要があります。
 有罪に自信がなければ無罪なのです”

まぁ、とにかく疲れました。
本でこれだけ疲れるんだから、
実際はもっと大変なんだなと。

裁判員の人の会見で必ず出る
「本当に疲れました」は
決して大げさでもなんでもないんだなと
改めて思い知りました。

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2009.08.30

がんと闘った科学者の記録

がんと闘った科学者の記録
戸塚 洋二
文藝春秋
売り上げランキング: 1888

小柴教授の後、
最もノーベル賞に近い科学者といわれた
戸塚洋二さんのがん闘病記。

以下目次です(アマゾンから引用)

  序文(立花隆)
  The First Three‐Months―2007年8月4日~2007年10月31日
  The Second Three‐Months―2007年11月3日~2008年2月8日
  The Third Three‐Months―2008年2月9日~2008年4月29日
  The Fourth Three‐Months―2008年5月3日~2008年7月2日
  対談「がん宣告『余命十九ヵ月の記録』」(戸塚洋二×立花隆)

自分の病状に照らして、
3ヶ月毎に区切っての記録です。

さすがは科学者だけあって、
病状の把握、抗がん剤の効き目などを、
腫瘍マーカーや腫瘍の大きさなどの
具体的なデータをあげて、
分析していきます。

そこから、この国のがん治療のためには、
以下のことに早急に取り組んで欲しいと提案します。

  ●患者さんにデータ提供をお願いすること
  ●それをデータベースに構築すること
  ●専用の優れた検索エンジンの開発

これにより、著者の言う、

  我々にとって本当に必要なのは、
  しっかりと整理され検索が体系的に出来る「患者さんの体験」

が実現できます。

冷静に自分の病気と向き合い、
最後まで毅然とされていたように感じますが、
内実はやはり「死」への恐怖が、
頭から離れないこともあったようです。
でも、恥ずかしい死に方をしたくない
ということを出発点として、

  ●「恐れ」を避ける
  ●死は遅かれ早かれ誰にでも来るもの
  ●自分のがんは自分のせい。自分以外をうらまない

との境地に達せられたようです。

あと、興味深かったのが、
仏教と科学の件でしょうか。
これには、ある本とその著者との出会いが
大きかったようです。
その本というのが、
佐々木閑『日々是修行』と『犀の角たち』です。

日々是修行 現代人のための仏教100話 (ちくま新書)
佐々木閑
筑摩書房
売り上げランキング: 5714

著者の佐々木氏は、元々理系の学問をされた方で、
その経験を経た上で仏門に入られた方のようです。
そういう経歴が、戸塚さんの波長とあったのでしょうか、
古代仏教の絶対神を想定しない因果律を中心とした
世界観に引き込まれたようです。

他にも、恩師・小柴先生の存在が大きかったこと。
特に学問の世界では、恩師と呼べる存在が大切なことを
力説されています。

最も心に残ったのが、
  
  がん患者にとって一番の希望は何だと思いますか?
  個人個人ばらつきはあるかと思いますが、
  私にとって一番の希望は、がんが完治する必要はない、
  今の状態でいいから少しでも長生きがしたい、です。
  しかし、耐えられない苦しみはご勘弁。
  生命個体の本能でしょうか、とにかくもう少し生きたい、
  というのが大方のがん患者の最も切実な希望だと思います。
  だから、私にとって5年生存率というのは参考にはなりますが、
  我が人生にとってほとんど意味のない数値なのです。

という一節。著者の偽らざる本音でしょうね。

そして、最後は、
残された家族から著者のブログに投稿された、
感謝の記事で終っています。
そして、その中の一節。

  「がんと正面から向き合い
  最後まで闘い抜いたということは言って良いと思います」

見事な幕引きですね。

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2009.08.28

るり姉

るり姉
るり姉
posted with amazlet at 09.08.28
椰月 美智子
双葉社
売り上げランキング: 258742

最後の5章、これはずるいなぁ、そしてうまいなぁ。
思わず泣いちゃいました(^^;

渋沢家は、看護師のお母さんと3人娘。
そしてみんなが大好きな、「るり姉」。
そんな「るり姉」を中心としたそれぞれのお話。
全部で5つの話からなっています。

一番好きなのは、第4章。
ここでは、「るり姉」の旦那さん、
カイ君のパート。

このカイ君、ちょっとファッションセンスには、
ヤンキー入ってるんだけど、気のいい青年。
そしてるり姉に首ったけ。
そんな様子が次の一節にもよくあらわれてます。

  幸せだよなぁ、と秋の雨を見ながらしみじみと思い、自分を制した。
  --幸せじゃなくていいです。どうか、普通でいられますように。
  さっきの神様に祈った。


4章に、一番幸せオーラたっぷりの話を持ってきます。
5章は、1章から4年後の話。
中心は末っ子のみやこです。
もう高校生です。
とうことで、それぞれに成長した3姉妹を、
ちょろっと出した後、
みんなでまたおばあちゃん家へ行くことになります。

あぁ、なんて残酷な、と思ったのもつかの間。
大きな喜びが驚きとともに待ち受けています!

死の影は立ち去り、
新たな命の輝きを強めながら、
やっぱり、るり姉はるり姉だったのです!

いや~、やられましたね。

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